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2006.05.17

たかが感染、されど感染・・・・・・


晩秋から初冬へ移らんとする、札幌には雪が舞い始めた頃、一人の赤ちゃんがアメリカへ旅立った。
そして、5つもの臓器移植の手術を受け、順調にリハビリを続けていた。
しかし、感染を契機に血圧が下がり腎不全を併発、感染症状が出てからたった1日強で、日本時間の今日未明、この世ではないところへ旅立ったそうだ。
移植医療の是非、海外渡航による移植の是非など、一般論としていろいろと議論になりそうな点が数多くあった一件ではあるが、赤ちゃん自身の、そしてご両親の、またそれを取り巻くたくさんの人達の頑張りにも関わらず、ひとりの命が失われた事実。
これだけは、かわらない。
謹んで、ご冥福をお祈りいたします。


それにしても、感染症って、ほんと恐ろしいし厄介だ。
もともとの病気が手術やら何やらで上手に治っても、感染で結局救命できなかった方々が、これまで何人いたことか。そういうのを目にするにつけ、やるせない想いが去来する。
この感染を乗り切れれば、元気になれていたはず、もっとよい治療ができたはずなのに・・・・・・
手術直後の患者さん、お年寄り、免疫抑制剤やステロイド治療をしている方、必要があって体にカテーテルを入れている患者さんなどは、「こういう人は感染に弱くて、一回罹ったらなかなか治らないですよ。」って、どんな教科書にも書いてある。で、そういう人に憑き易い細菌は、実は特別な菌じゃなくて、そのへんにうようよしてる「常在菌」。感染力がそれほど強い菌じゃないから、元気な人にとっては、身近にそんな菌がいようが体に入ろうが、別にいたくもかゆくもなんともないのだ。
じゃあ何か怖いのか?というと、「抗生剤がめちゃめちゃ効きにくい」ってこと。一度感染を起こしてしまうと、薬が効きにくいからなかなか治らない。加えて、体全体の免疫機能が低下しているから、治る前に全身に回って、いわゆる「敗血症」になっちゃうことが多いというわけだ。
何でこんな菌ができたのか?というと、一言で言えば抗生物質の濫用。
感染症と言っても、原因微生物の種類でいろいろある。ウイルス、細菌、カビ、原虫、結核などなどあるのだが、それぞれ効く薬が全然違ってて、一般的に呼ばれる「抗生物質」は、大雑把にいうと「細菌感染症」にしか効かない。
耳なじみがよいインフルエンザは、大体「インフルエンザウイルス」による感染症(細かく言えば「インフルエンザ菌」ってのもいるんですが、ちょっとおいといて)だから、タミフルとかリレンザとか呼ばれる、「インフルエンザウイルスの治療薬」しか効かない。そんなのに抗生物質飲んだって、効くわけがないのだ。もし効いたとしたら、インフルエンザに合併した細菌感染症か、インフルエンザの診断そのものが誤りだったかどちらかだろう。
一般的な「風邪」にしても然り。風邪は、いくつかのウイルスによる感染症で、細菌感染じゃあないから、抗生剤は効かないのだ。
そんな無駄な抗生剤の使い方を続けるとどうなるか・・・???
病気の原因になる・ならないに関わらず、抗生剤が効く菌はどんどん死んでいく。そして、同じ菌種の中でも「抗生剤が効かない能力を身に着けた」菌だけが、残っていく。それを繰り返していくことで、「複数の抗生剤に耐性をもつ菌」、いわゆる多剤耐性菌という、こっちからすると大変やっかいな菌ができあがっていくのだ。
MRSAが大騒ぎになった頃、唯一MRSAに効く薬として「バンコマイシン」というのが出た。発売当初、耐性菌ができない、というのを売り文句にしていると聞かされたが、そんなわきゃないだろと思っていたら、やはり数年後「バンコマイシン耐性の腸球菌(=VRE)」ってのが出てきた。
抗生剤と微生物の戦いは、結局いたちごっこ。今、MRSAに効くとされている薬は、おおむね3~4種類あるが、多分、濫用をしていなくても、数年後はこれらにも耐性を持った菌が出てくるだろう。
日本人は、何故か抗生物質好きな方が多い。風邪っぽい症状があると、結構な割合で「あの~抗生剤ももらえませんか?」と言われる。もちろん、風邪でも抗生剤を使っておいた方がよい人たちも一部いる(もともと肺の病気を持っているとか)のだが、大半のいわゆる「元気な人たち」には当てはまらない話で。
今、抗生剤が効かなくて困る菌、代表的なのはMRSAとかVREとかだけど、これは結局過去の私達が抗生剤を不必要に濫用したために生まれた、いわば人災のようなもんだと思っている。
必要な薬を必要なだけのむことは治療の基本。
だけど、明らかに不必要な薬を、何となく惰性で、あるいはおまじない感覚で使う・飲むというのは、却って害をなすこともあるのだということを、心の片隅においてくれる人が、一人でも増えて欲しい。
そんなことに思いをめぐらした、訃報にふれた日の昼下がり。

Comment & Trackback

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残念です.
悲しい知らせですがあの子が一生懸命生きたことや両親,周囲の人が信じて頑張ったことを素晴らしかったと賞賛したいと思います.
抗生物質の乱用で結局大変な思いをするのはいつも弱者です.
本当に必要な時に使える抗生物質がないと本当に大変で悲しいのです.
私は小児科の医師です.
肝に命じて日々の診療に当たりたいと思います.

kazuhamaさん初めまして。
真摯なコメントをいただきまして、ありがとうございます。
なんだか釈迦に説法みたいで、冷や汗たらたらです(汗汗)。
ワタクシも実は同業のようなもので、子供ではなくてどっちかというと中年~お年寄りを対象にすることが多いです。
今回のあやかちゃんに関して、ワタシの推測(多分、MRSA相当の菌に感染したことを契機で敗血症から腎不全、多臓器不全・・・と思っています)が100%正しいかと言われると、自信を持ってはいそうですとは言い切れないのですが、大外れはしていないんじゃないかと。ワタクシも、感染コントロールに難渋し、結局失った方を何度か体験しており、その度に「これさえ何とかできれば・・・・・・こんなものに感染しなければ・・・・・・」と、砂を噛む思いをしています。
ついつい、「抗生剤だしときますねー」というのを逃げ口上にしがちな、ここ10年ほどの趨勢に、自分自身飲み込まれないように、という自戒の意味もこめて、今回書かせていただきました。
もともとは赤黒風味ちょっぴりなオチャラケサイトですので、今後とももしお好みに合うようでしたらお付き合い下さいませ。m(__)m

あやかちゃん、昼にネットのニュースで見て知りましたが、残念です。
地元にも、やはり移植手術を受けに渡米した子がいましたが…どうなっているのか、久々に思い出しました。
風邪なんかで医者行くと「抗生物質出しときますね」って必ずと言っていい程言われますよね、そういえば。
よく学生の頃風邪引いて薬を貰ってくると、母に「抗生物質はねぇ~効かなくなる」と言って注意されたのは、こういう事だったんですね。
>必要な薬を必要なだけのむことは治療の基本。
だけど、明らかに不必要な薬を、何となく惰性で、あるいはおまじない感覚で使う・飲むというのは、却って害をなすこともあるのだということを、心の片隅においてくれる人が、一人でも増えて欲しい。
普段よくやってる行為なんで(市販薬だから、いいやっ!何となく効いてるからいいや!ってノリでした;;)、気をつけなければと反省しております。
長々と、プロの方の前で失礼致しましたm(_ _)m
(あ、でも。一応、母と祖母が元看護師なんで、門前の小僧~だったりします。
私は我が家の落ちこぼれ故、医療関係には進めませんでしたが;;)

どもですー。
本文でも触れましたが、「風邪=抗生剤」がすべて悪というわけではないんですよね。風邪を引くと、すぐ肺炎に進展してしまうとか、扁桃腺をよく腫らしてしまうとか、そういう方は、ぱっぱと抗生剤つかって悪くならないようにしておくが吉だと思います。
医療従事者側も患者さん側も、根拠レスに「抗生剤出しておけば(もらっておけば)なんとなく安心」という風に流れてしまっているのは、よろしくないことだなぁと思っているわけです(笑)。
それはそうと、今期はホーム参戦はないんですかー?一緒に跳びましょうよぅ。

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